NativeInstrumentsが破産手続きをしているという話がニュースになっていた。
NI製品のシンセはMassiveをはじめ、飛び道具的にちょくちょく使っているし、特にエフェクト系は近年買収されたiZotopeのポストエフェクト群に一本化していて、サウンド制作で常用している。絵描きのクリスタやCG屋のBlenderの感覚といってもいいかもしれない。無いと割と困る。この話を聞いたときは正直ハッとした。
そうなると、貢献するためにもっと買わなきゃ!って思うのが普通なのだろうけど、近年の自分はNIに(限らず)貢献しているかというと実はそうでもない。ハード音源、ソフト音源ともに、もう必要十分だと感じてしまっていて、近年は全くと言っていいほど新しいシンセを導入していない。
ハードは10年位前に購入したRoland INTEGRA7以降購入していない。インストゥールメント系プラグインで最後に更新したものは4~5年前。iZotopeもOzoneのバージョンは10なので、2世代くらい古いけど、特別困っていない。
僕みたいな人間が何人いるかわからないけども、そりゃ買う頻度が低いわけだから、NIなどのプラグインベンダから見れば優良顧客とは言い難いかもしれない。
半分惰性や見栄もあったけど、昔は新バージョンが出たらわくわくしながら、新製品を購入して、頻繁にアップデートをかけていた。
最近のトレンドはAIの台頭だけど、マスタリングのAI介入は2017年くらい?もっと早かった。LanderやOzone9あたりだったと思う。当時は、へー便利な時代になったねと即導入したのだけど、使用頻度はというとゼロに等しかった。アウトプットが自分の感性と合わなくて違和感を感じてしまったのですよね。みんなこれが普通なの?ってちょっと自分の感性に不安を感じることもあったのは昔の話。そもそも音楽やサウンドを作る目的と、AI利用の目的が異なるので、自分はおそらく今後も導入する予定はなさそう。
何より、近年のサウンドの技術というのは利便性の穴埋めのようになっていて、要素技術という観点で見ればここ10数年はほぼ進化しておらず、枯れた分野になっている。まだあるとすれば3D音響分野だろうか。デバイスのブレイクスルーが無い上にバイノーラルでもそこそこの臨場感は得られるので、これも相当厳しそうですが。
20年前、Roland SC-8850をいじり倒していた時代にちょうどVSTの時代がきて、1音色に1GBの容量が割り当てられているTrilogyというベースのフラグシップ音源が出たときのインパクトは相当だった。ライブラリ全体で64MBとかそんなレベルの音源を使っているのに1音色に1GBだと・・・!?そんな時代の風の吹き荒れ方、表現力のステップアップというのはすさまじいものがあった。
今はというと、スペック上の音質が上がったといっても聞き分けられるレベルをとうに通り越していている。しかもそれはミックスすればいくらでも変わってしまうような些細な部分。
もっと言えば、好みの問題で20年前のシンセのスネアをあえて使うような逆行もする。極論生演奏でもいいわけで、ソフトの質の問題というのは数値上のスペックでは語れない部分になっていて、正解は使用者の価値観に依存しているというのが現状だったりする。つまり質やスペックの問題ではない。ずいぶん前から飽和してしまっている。
環境武装のために、10年前くらいまではサンプリングCDを買いあさったり、VSTシンセのリリース状況に神経をとがらせたり、積極的に市場をサーチしていた。仕事の影響もあるけど、音声のライブラリもSEだけで数十万ファイルくらいあるが、正直一生かけても使い切れない。結局使い慣れてイメージしやすい古いシンセを引っ張りだしてきて使ったりする始末だ。武装とは何なのか。
そんなネガ要素を並べ立てたうえで、自分が新しいシンセやエフェクタに求めるものって何だろう、と考えると難しい。
ただ思うのは、「ツールに使わされない」ことは一つ基準になると思う。長いことサウンドをかじっているけど、「ツールに使わされてる」音楽や音を作ってしまった時って、そっ閉じしたくなるような感覚が芽生えてくるし、実際そんなクオリティになる。個性はあるけどベクトルが斜め上なんですよね。Trilogyのときなんかはまさにそうで、ベースがやたらバキバキ「半リアル」なのに他がしょぼい、みたいな。
















